中央最低賃金審議会の答申において、2024年度の最低賃金が全国平均で50円引き上げで1,054円とする目安額が示されました。
2010年代後半以降、積極的な賃上げ政策により、最低賃金は継続して増加しています。
この最低賃金ですが、どのように決定されているかご存じでしょうか。また、最低賃金は地域ごとに定められていますが、都会ほど最低賃金が高い理由をご存じでしょうか。
本記事では、最低賃金制度の概要、決定方法、全国最低賃金ランキング、推移、国際比較について解説していきます。
最低賃金とは
最低賃金の定義
最低賃金とは、使用者が労働者に対して支払わなければならない賃金の最低額を定めた制度です。
日本では「最低賃金法」という法律で定められており、最低賃金額より低い賃金で契約を結んだ場合、その契約は無効となり、最低賃金額と同額の賃金を支払わなければなりません。最低賃金以上の賃金が支払われない場合は、最低賃金法で50万円以下の罰金が科せられる可能性もあります。
最低賃金制度の意義
最低賃金制度の意義は最低賃金法1条に規定されているように、労働者の保護、労働力の質の向上、事業な公正な競争の確保を行うことです。
この法律は、賃金の低廉な労働者について、事業若しくは職業の種類又は地域に応じ、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
最低賃金法1条
仮に最低賃金が定まっていなければ、労働者が不当に安価な賃金で雇われ、十分な生活資金を確保できないという状況になる可能性もあります(労働者の保護の観点)。
そして、あまりにも安価な賃金で労働者を募集しても、優秀な人材はなかなか集まりません。また、賃金の低さを理由に労働者のモチベーションの低下をもたらし、商品やサービスの品質の低下をもたらす可能性もあります(労働力の質の向上の観点)。
加えて、賃金を不当に切り下げ、商品・サービスのコストを下げることによって、企業間の過度な競争を引き起こす可能性もあります(事業な公正な競争の確保の観点)。
上記のような弊害を防ぐために最低賃金制度が存在します。
最低賃金の種類
最低賃金には、主に以下の2種類があります。
地域別最低賃金
地域別最低賃金とは、各都道府県ごとに定められた最低賃金です。その都道府県内で働くすべての労働者(パートタイマー、アルバイト、派遣労働者なども含む)に適用されます。
派遣労働者に関しては、派遣先の事業場の最低賃金が適用されます。
例えば、派遣元である人材派遣会社が埼玉県にある場合でも、派遣先企業が東京都であれば、東京都の最低賃金が適用されます。労働者派遣の仕組みについては下記記事もご確認ください。
特定(産業別)最低賃金
特定(産業別)最低賃金とは、特定の産業(例:建設業、自動車製造業、旅館業など)ごとに定められた最低賃金で、特定の産業に従事する労働者にのみ適用されます。
特定(産業別)最低賃金については地域別最低賃金よりも高い金額が設定されます。地域別最低賃金と特定最低賃金の両方が適用される場合、労働者にはより高い方の最低賃金が適用されます。
全国の特定(産業別)最低賃金は下記のサイトから確認することができます。
最低賃金の決定方法
最低賃金の決定基準
最低賃金は、労働者の生計費、労働者の賃金、通常の事業の賃金支払能力の3つの要素に基づいて決定されます。
労働者の生計費
労働者の生計費は、労働者とその家族が健康で文化的な最低限度の生活を維持するために必要な費用を指します。具体的には、食費、住居費、光熱費、被服費、教育費、医療費、交通費、娯楽費などが含まれます。
消費者物価指数に基づき、消費者物価の上昇や消費者の支出動向などを考慮して決定されます。
労働者の賃金
労働者の賃金は、同一の地域または産業内で、同様の仕事をしている労働者の賃金を指します。
最低賃金は、前年の賃金上昇率や賃金改定状況調査結果など労働者の賃金水準を考慮して決定されます。
通常の事業の賃金支払能力
通常の事業の賃金支払能力は、企業が最低賃金を支払うことができる経済的な能力を指します。
企業の規模、業種、経営状況、地域経済の状況などに基づき決定されます。また、特に中小企業は取引先との交渉力が弱い可能性も踏まえ、賃上げによるコスト増加分をどの程度商品やサービスの価格に転嫁できているかなども考慮されます。
最低賃金の決定プロセス
日本の最低賃金の決定プロセスは、地域別最低賃金と特定(産業別)最低賃金の2種類に分かれており、それぞれ以下のようになります。
地域別最低賃金
厚生労働大臣の諮問を受け、公益委員、労働者委員、使用者委員で構成される中央最低賃金審議会が、全国的な経済情勢や賃金水準などを考慮し、地域別最低賃金の改定の目安となる引き上げ額を議論・決定します。
各都道府県に設置された地方最低賃金審議会が、中央最低賃金審議会の目安を参考に、地域の経済情勢や生計費、企業の支払い能力などを考慮し、具体的な改定額を議論・決定します。
地方最低賃金審議会の答申を受け、都道府県労働局長が地域別最低賃金を決定し、官報で公示します。
決定された最低賃金は、公示日から一定期間後に発効し、その都道府県内のすべての事業場に適用されます。
特定(産業別)最低賃金
厚生労働大臣が、特定産業における最低賃金の改定の必要性を中央最低賃金審議会に諮問します。
中央最低賃金審議会が、特定産業の賃金水準や企業の支払い能力などを考慮し、具体的な改定額を議論・決定します。
中央最低賃金審議会の答申を受け、厚生労働大臣が特定(産業別)最低賃金を決定し、官報で公示します。
決定された最低賃金は、公示日から一定期間後に発効し、その特定産業に属する全国の事業場に適用されます。
全国最低賃金ランキング
令和5年度地域別最低賃金改定状況
令和5年度地域別最低賃金改定状況は以下の通りです(厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」)。
全国平均では1,004円です。
順位 | 都道府県 | 最低賃金(円) |
---|---|---|
1 | 東京 | 1,113 |
2 | 神奈川 | 1,112 |
3 | 大阪 | 1,064 |
4 | 埼玉 | 1,028 |
5 | 愛知 | 1,027 |
6 | 千葉 | 1,026 |
7 | 京都 | 1,008 |
8 | 兵庫 | 1,001 |
9 | 静岡 | 984 |
10 | 三重 | 973 |
11 | 広島 | 970 |
12 | 滋賀 | 967 |
13 | 北海道 | 960 |
14 | 栃木 | 954 |
15 | 茨城 | 953 |
16 | 岐阜 | 950 |
順位 | 都道府県 | 最低賃金(円) |
---|---|---|
17 | 富山 | 948 |
18 | 長野 | 948 |
19 | 福岡 | 941 |
20 | 山梨 | 938 |
21 | 奈良 | 936 |
22 | 群馬 | 935 |
23 | 石川 | 933 |
24 | 岡山 | 932 |
25 | 新潟 | 931 |
26 | 福井 | 931 |
27 | 和歌山 | 929 |
28 | 山口 | 928 |
29 | 宮城 | 923 |
30 | 香川 | 918 |
31 | 島根 | 904 |
32 | 山形 | 900 |
順位 | 都道府県 | 最低賃金(円) |
---|---|---|
33 | 福島 | 900 |
34 | 鳥取 | 900 |
35 | 佐賀 | 900 |
36 | 大分 | 899 |
37 | 青森 | 898 |
38 | 長崎 | 898 |
39 | 熊本 | 898 |
40 | 秋田 | 897 |
41 | 愛媛 | 897 |
42 | 高知 | 897 |
43 | 宮崎 | 897 |
44 | 鹿児島 | 897 |
45 | 徳島 | 896 |
46 | 沖縄 | 896 |
47 | 岩手 | 893 |
令和6年度地域別最低賃金額改定の目安
第69回中央最低賃金審議会によれば、令和6年度の最低賃金額は50円となり、各都道府県の最低賃金は以下の通りになる目安です。
全国平均では1,054円となる見込みです。
順位 | 都道府県 | 最低賃金(円) |
---|---|---|
1 | 東京 | 1,163 |
2 | 神奈川 | 1,162 |
3 | 大阪 | 1,114 |
4 | 埼玉 | 1,078 |
5 | 愛知 | 1,077 |
6 | 千葉 | 1,076 |
7 | 京都 | 1,058 |
8 | 兵庫 | 1,051 |
9 | 静岡 | 1,034 |
10 | 三重 | 1,023 |
11 | 広島 | 1,020 |
12 | 滋賀 | 1,017 |
13 | 北海道 | 1,010 |
14 | 栃木 | 1,004 |
15 | 茨城 | 1,003 |
16 | 岐阜 | 1,000 |
順位 | 都道府県 | 最低賃金(円) |
---|---|---|
17 | 富山 | 998 |
18 | 長野 | 998 |
19 | 福岡 | 991 |
20 | 山梨 | 988 |
21 | 奈良 | 986 |
22 | 群馬 | 985 |
23 | 石川 | 983 |
24 | 岡山 | 982 |
25 | 新潟 | 981 |
26 | 福井 | 981 |
27 | 和歌山 | 979 |
28 | 山口 | 978 |
29 | 宮城 | 973 |
30 | 香川 | 968 |
31 | 島根 | 954 |
32 | 山形 | 950 |
順位 | 都道府県 | 最低賃金(円) |
---|---|---|
33 | 福島 | 950 |
34 | 鳥取 | 950 |
35 | 佐賀 | 950 |
36 | 大分 | 949 |
37 | 青森 | 948 |
38 | 長崎 | 948 |
39 | 熊本 | 948 |
40 | 秋田 | 947 |
41 | 愛媛 | 947 |
42 | 高知 | 947 |
43 | 宮崎 | 947 |
44 | 鹿児島 | 947 |
45 | 徳島 | 946 |
46 | 沖縄 | 946 |
47 | 岩手 | 943 |
50円の値上げ幅は昨年の43円を超えて過去最高となりました。物価高、春闘での賃上げが実現したことを踏まえ、目安が示されました。この目安を参考に各都道府県の地方最低賃金審議会で議論され、決定されます。
都会の最低賃金はなぜ高い
上記のランキングを見ると、上位には東京、神奈川、大阪など都会が多くなっています。都会の最低賃金が高い理由として以下のものが上げられます。
生活費が高い
都会ほど人口密度が高く土地や物件の需要が高くなるため、家賃が高くなります。結果として、収入に対して食料品や日用品などの生活必需品に支出できる額も減少します。そのような都会に住む人々が生活に必要な資金を確保するため、最低賃金が高くなります。
また、食料品などについても都心への輸送費や人件費が必要となるため、比較的価格が高くなる傾向にあります。
賃金水準が高い
都会ほど大企業や収益性の高い企業が多く、賃金の支払い能力が高くなる傾向にあります。都会では、人の交流が活発で優秀な人材を確保しやすい、必要な資源が手に入りやすいといった事情もあり、大企業や高収益企業が多く発生すると考えられます。
また、都会では多くの企業が集中するため人材獲得競争が激しく、賃金を上げなければ優秀な人材を確保できないという事情もあります。
最低賃金の推移
最低賃金は2001年までは日額で示されていましたが、2002年以降、時間額となりました。
2002年以降継続して最低賃金は上昇し続けており、2010年代後半からは政府の積極的な賃上げ政策により、3%超の引き上げが続いております。岸田首相は2030年代半ばまでに1,500円を目指す目標を前倒しする姿勢を支援しています。
最低賃金の国際比較
独立行政法人 労働政策研究・研修機構が調査した各国の最低賃金(時間額)によると、他国が1,000円台後半や2,000円を超える中、日本の最低賃金は1,004円と主要先進国と比べて低い水準となっています。
国 | 1時間当たりの最低賃金(現地通貨) | 為替レート (2024/7/27時点) | 1時間当たりの最低賃金(日本円換算) |
---|---|---|---|
オーストラリア | 23.23 | 105.22 | 2,444 |
オランダ | 13.27 | 170.35 | 2,261 |
ドイツ | 12.41 | 170.35 | 2,114 |
イギリス | 10.42 | 196.88 | 2,051 |
フランス | 11.65 | 170.35 | 1,985 |
カナダ | 14 | 114.37 | 1,601 |
韓国 | 9,860 | 0.12 | 1,183 |
アメリカ | 7.25 | 153.76 | 1,115 |
日本 | 1,004 | 1 | 1,004 |
もちろん、各国の物価水準や為替レートも変動するため単純な比較はできませんが、近年の日本の物価高を考慮すると生活を支える金額としては不十分といえるでしょう。
まとめ
以上、最低賃金制度の概要、決定方法、全国最低賃金ランキング、推移、国際比較について解説していきました。
最低賃金は、労働者の生計費、労働者の賃金、通常の事業の賃金支払能力により決定されるため、家賃や物価の高い都会ほど最低賃金が高くなる傾向にあります。
全国的に見ても最低賃金が上昇しており近年の物価高を踏まえ、今後も上昇していくことが見込まれます。事業者は継続的に最低賃金の改訂への対応が求められます。また、労働者や求職者も自身で最低賃金以上の賃金が支払われているか把握しておくことで不当な条件で働かされることを防ぐことができます。
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