同一労働同一賃金という言葉をご存じでしょうか。
これは、同じ仕事をしている労働者に対しては、雇用形態にかかわらず待遇に不合理な差をつけてはならないことを指します。従前、非正規雇用は正社員よりも待遇が悪いということで問題視されており、そのような問題を解決すべく、日本においても同一労働同一賃金を推進するように義務付けられました。
非正規雇用にとっては不合理な待遇差が解消されるため嬉しいことですが、待遇差の是正の方法や程度を誤ると正社員にはずるいと感じられる可能性もあります。そのため、同一労働同一賃金を実現するためには、現状を正確に把握した上で、適切な方法で待遇差を是正することが期待されます。
本記事では、同一労働同一賃金の概要、義務内容、基本項目、取組状況、メリット・デメリット、ずるいと思われる理由、対応ステップについて解説していきます。
同一労働同一賃金とは
同一労働同一賃金とは
同一労働同一賃金とは、同じ仕事をしている労働者に対しては、雇用形態にかかわらず同じ賃金を支払うべきという考え方です。つまり、正規雇用の従業員と非正規雇用の従業員との間で、賃金や待遇に不合理な差をつけることが禁止されています。
パートタイム・有期雇用労働法として大企業では2020年4月1日から、中小企業では2021年4月1日から不合理な待遇差を是正する取組を行うことが求められています。
ここでいう正規雇用とは正社員のことを指し、非正規雇用とは正社員以外の契約社員、パート・アルバイト、派遣社員を指します。それぞれの雇用形態に関する詳細は下記記事よりご確認ください。
同一労働同一賃金の背景
近年、働き方の多様化により正社員以外の非正規雇用の労働者が増加してきており、割合としては全労働者の37%を占めます。企業にとっても非正規雇用の労働者が、重要な労働力として位置づけられるようになってきています。
一方で、日本においては長年、正規雇用と非正規雇用の間で賃金の格差が問題視されていました。
賃金の格差を示すデータとして、パートタイム労働者と正社員の賃金差異を示すデータがあります。フルタイムを100とした場合、日本のパートタイム労働者の賃金水準は、2014年で64.9、2018年で68.8、2022年で72.3となっています。徐々に賃金差異は是正されていますが、先進諸国と比較すると差異が大きいです。
非正規雇用の従業員については正社員と同じ仕事をしているにもかかわらず、賃金が正社員よりも低く、雇用の安定性も低い状態にあります。非正規雇用の従業員は不公平を感じ、仕事へのモチベーションの低下や離職につながるという問題があります。
このような状況を改善し、より公平な労働環境を実現するために、同一労働同一賃金に関する取り組みが政府主導で推進されています。
同一労働同一賃金の義務内容
同一労働同一賃金の義務内容は大きく以下の2つがあります。
- 不合理な待遇差の禁止
- 待遇差に関する説明義務
不合理な待遇差の禁止
不合理な待遇差の禁止については均衡待遇と均等待遇の2つに分けられます。
均衡待遇
同じ企業内で働く正社員等と非正規雇用の間で、その性質・目的に照らして、①職務内容、②職務内容・配置の変更範囲(人材活用の仕組み)、③その他の事情のうち適切と認められる事情を考慮して、不合理な待遇差を禁止することを指します。
具体的には以下のような内容を考慮して、均衡待遇を判断します。
- 職務内容:仕事の内容や責任の重さにどのような違いがあるか
- 職務内容・配置の変更範囲:将来的に職務内容や転勤などにより配置が変わるか
- その他の事情:経験年数、能力、資格、勤務地、時間帯など、職務内容以外にも待遇に影響を与える要素があるか
事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。
パートタイム・有期雇用労働法8条
均等待遇
同じ企業内で働く従業員の①職務内容 ②職務内容・配置の変更範囲(人材活用の仕組み)が同じ場合は、パート・有期雇用労働者であることを理由とした差別的取扱いを禁止することを指します。
具体的には以下のような内容を考慮して、均等待遇を判断します。
- 職務内容:仕事の内容や責任の重さが同じか
- 職務内容・配置の変更範囲:将来的な職務内容や転勤などの条件や実態が同じか
例えば、正社員のAさんとパートタイムのBさんが同じレジ打ちの業務を行っており、転勤・人事異動・昇進などの有無についての条件や実態が同じであれば、両者の待遇について同等の取り扱いを行う必要があります。転勤などについて、正社員には制度として「全国転勤あり」となっていても、実態として転勤した者がいなければ、転勤についてはないとして判断されます。
事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるものについては、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。
パートタイム・有期雇用労働法9条
待遇差に関する説明義務
企業は非正規雇用の従業員に対して、待遇差に関して雇入れ時と説明を求められた際に説明を行う必要があります。
雇入れ時の説明義務
企業は非正規雇用の従業員を雇入れる際、企業は賃金や福利厚生などの待遇について説明する必要があり、正社員と待遇差がある場合はその理由についても説明する必要があります。
事業主は、短時間・有期雇用労働者を雇い入れたときは、速やかに、第八条から前条までの規定により措置を講ずべきこととされている事項に関し講ずることとしている措置の内容について、当該短時間・有期雇用労働者に説明しなければならない。
パートタイム・有期雇用労働法14条1項
求められた際の説明義務
企業は非正規雇用の従業員から、「正社員との待遇差の内容や理由」などについて説明を求められた場合は、待遇差の内容や理由および待遇差を設けるために考慮した事項について説明をする必要があります。
事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者から求めがあったときは、当該短時間・有期雇用労働者と通常の労働者との間の待遇の相違の内容及び理由並びに第六条から前条までの規定により措置を講ずべきこととされている事項に関する決定をするに当たって考慮した事項について、当該短時間・有期雇用労働者に説明しなければならない。
パートタイム・有期雇用労働法14条2項
同一労働同一賃金の基本項目
厚生労働省は同一労働同一賃金ガイドラインとして、以下の項目について問題になる場合を整理しています。
基本給
労働者の能力・経験に応じて支給する基本給
労働者の能力・経験に応じて支給する基本給は、非正規雇用の従業員の能力・経験に応じて、正社員と同一の基本給を支給する必要があります。また、昇給についても同一の能力の向上には、同一の昇給を行う必要があります。
問題とならない例 | 正社員のAさんと非正規雇用のBさんはともに会計業務に取り組んでいる。 正社員のAさんは高度な会計業務を遂行するためのスキルを保有しているが、非正規雇用のBさんは基本的な会計業務を遂行するためのスキルしか保有していない。 Aさんにはその能力に応じてBさんよりも高い基本給を支給している。 |
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問題となる例 | 正社員のAさんと非正規雇用のBさんはともに広報業務に取り組んでいる。 正社員のAさんは会計業務に関する経験・スキルが豊富という理由で、非正規雇用のBさんよりも高い基本給を設定しているが、広報業務と会計業務の経験は関連性を持たない。 |
労働者の業績・成果に応じて支給する基本給
労働者の業績・成果に応じて支給する基本給は、非正規雇用の従業員の業績・成果に応じて、正社員と同一の基本給を支給する必要があります。また、業績・成果に応じて手当を支給する場合においても同様です。
問題とならない例 | 非正規雇用のBさんは販売職に取り組んでおり、所定労働時間は正社員の半分。 正社員の販売目標は月100個である。 Bさんは所定労働時間内に月50個の販売を行ったため、正社員が販売目標を達成した場合の基本給の半分を支給している。 |
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問題となる例 | 非正規雇用のBさんは販売職に取り組んでおり、所定労働時間は正社員の半分。 正社員・非正規雇用ともに販売目標は月100個である。 Bさんは所定労働時間内に月50個の販売を行ったが、販売目標を達成できていないので、成果に応じた基本給を支給していない。 |
勤続年数に応じて支給する基本給
勤続年数に応じて支給する基本給は、非正規雇用の従業員の勤続年数に応じて、正社員と同一の基本給を支給する必要があります。
問題とならない例 | 非正規雇用のBさんは3年ごとに契約を更新しており、最初の労働契約から通算で5年経過している。 Bさんには勤続年数5年の正社員と同等に評価を行い、基本給を支給している。 |
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問題となる例 | 非正規雇用のBさんは3年ごとに契約を更新しており、最初の労働契約から通算で5年経過している。現在の労働契約は開始から2年経過している。 Bさんには現在の労働契約の経過期間2年のみの評価を行い、基本給を支給している。 |
勤続による能力向上に応じた昇給
勤続による能力向上に応じた昇給については、非正規雇用の従業員が勤続により能力が向上した場合は、正社員と同等に評価を行い、昇給を行う必要があります。
賞与
会社の業績等への労働者の貢献に応じて支給する賞与については、非正規雇用が貢献した内容を正社員と同等に評価を行い、賞与を支給する必要があります。
問題とならない例 | 正社員のAさんと非正規雇用のBさんが、今期において会社の業績へ同程度の貢献を行ったため、BさんにはAさんと同等の賞与を支給している。 |
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問題となる例 | 正社員のAさんと非正規雇用のBさんが、今期において会社の業績へ同程度の貢献を行った。正社員のAさんには賞与を支給したが、Bさんには賞与を支給していない。 |
各種手当
以下のような各種手当に関して、非正規雇用の従業員が正社員と同じ役職・就業条件・労働時間である場合は、正社員と同一の手当を支給する必要があります。
- 役職の内容に応じて支給される役職手当
- 業務の危険度又は作業環境に応じて支給される特殊作業手当
- 交替制勤務等の勤務形態に応じて支給される特殊勤務手当
- 精皆勤手当
- 時間外労働に対して支給される手当
- 深夜労働又は休日労働に対して支給される手当
- 通勤手当及び出張旅費
- 労働時間の途中に食事のための休憩時間がある労働者に対する食費の負担補助として支給される食事手当
- 単身赴任手当
- 特定の地域で働く労働者に対する補償として支給される地域手当
福利厚生
以下のような福利厚生について、非正規雇用の従業員が正社員と同じ就業条件、支給要件を満たす場合は、正社員と同一の福利厚生を提供する必要があります。
- 福利厚生施設(給食施設、休憩室及び更衣室)
- 転勤者用社宅
- 慶弔休暇並びに健康診断に伴う勤務免除及び当該健康診断を勤務時間中に受診する場合の当該受診時間に係る給与の保障
- 病気休職
- 勤続期間に応じて取得を認めている法定外の有給の休暇その他の法定外の休暇
同一労働同一賃金の取組状況
同一労働同一賃金が、大企業では2020年4月1日から、中小企業では2021年4月1日から義務付けられたことで、多くの企業が対応を進めています。
2023年時点では63%の企業が「取り組んでいる又は取り組んだ」と回答しています。これだけ多くの企業において正社員と非正規雇用で、一定の格差が存在していたということが分かります。
同一労働同一賃金に関して、見直した内容としては基本給が45.1%と最も多く、有給の休暇制度、賞与と続いていきます。
各種制度の適用状況に関しては、通勤手当、法定外休暇などは非正規雇用への適用が進んでいますが、役職手当、家族手当、退職金などはあまり適用が進んでいない状況です。
同一労働同一賃金のメリット・デメリット
同一労働同一賃金には以下のようなメリット・デメリットが存在します。
労働者目線のメリット・デメリット
メリット | デメリット |
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賃金や福利厚生などの待遇改善が期待できる 正社員との格差による不公平感が解消される 正社員と同様の待遇を受けられる可能性があるため、仕事へのモチベーションアップにつながる | 非正規雇用との格差を解消しようとするため、正社員の待遇が下がる可能性がある 待遇の改善により人件費の負担が大きくなり、非正規雇用の従業員の雇い止めのリスクがある |
企業目線のメリット・デメリット
メリット | デメリット |
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非正規雇用に対しても公平な待遇を行うことで、優秀な人材の確保・定着につながる 公平な待遇を実現することで、企業のイメージアップにつながる 雇用形態にかかわらず、能力に応じて多様な人材を活用することができる | 非正規雇用の待遇を改善することで、人件費が増加する可能性がある 正社員・非正規雇用の双方が納得できる人事制度を構築する必要がある |
同一労働同一賃金がずるいと思われる理由
非正規雇用にとっては待遇が改善することが期待できます。一方で、対応方法を誤ると正社員にとっては不公平に感じる場合があります。
仕事の内容や責任の重さが違うのに待遇が同じ
仕事の内容や責任を正しく評価しないと、正社員にとっては不公平を感じる場合があります。
同じ会計業務に取り組む正社員のAさんと非正規雇用のBさんを想定します。正社員であるAさんは高度な財務分析などが求められ、経営に対して数字の責任を持つ必要があります。一方で、Bさんは与えられたデータに基づき、単純な計算をこなすだけです。このような場合において、同じ会計業務というだけで同じ待遇にしてしまうと、当然Aさんは不平等を感じることになります。
このようなことが起こらないように、正社員と非正規雇用の従業員の中核的業務の内容や責任の程度を比較して実質的に同一か、差異があるのであればどのような差異があるのかを明確にする必要があります。
正社員が負担するリスクが考慮されていない
正社員は契約社員などの非正規雇用の従業員と異なり、将来的なキャリアを実現するため幅広い業務に取り組み、スキルを身につける必要があります。また、正社員には、将来的に転勤や異動のリスクも高くなる場合もあります。また、正社員はトラブル時の緊急対応、クレーム処理、残業などが課せられる場合も多いです。
このような正社員のリスクを考慮せずに、非正規雇用の従業員と待遇の差が設けられなければ、正社員は不公平を感じることになります。結果として、正社員のモチベーションの低下による生産性の低下や離職のリスクが発生することがあります。
業務内容や責任の程度だけでなく、その他の事情として正社員が負担するリスクを明確にした上で、合理的な待遇差を設ける必要があります。加えて、その内容を正社員・非正規雇用の従業員が納得できるように説明する必要があります。
同一労働同一賃金の対応ステップ
企業は同一労働同一賃金を実現するために以下のようなステップで対応を進めます。
現状把握
まず、自社で契約社員やパート・アルバイトなどの非正規雇用の従業員が存在するかを確認します。
その上で、正社員とどのような待遇差が存在するかを確認します。厚生労働省が提供している「パートタイム・有期雇用労働法等対応状況チェックツール」を活用するのがおすすめです。
待遇差がある場合、どのような理由で待遇差を設けているかを明確にします。
課題の明確化
次に、現在の待遇差とその理由が、パートタイム・有期雇用労働法、労働契約法などの関連法規、厚生労働省の「同一労働同一賃金ガイドライン」に適合しているかを確認します。
洗い出された待遇差の内、合理的といえるものについては、従業員に対してきちんと説明できるようにします。パートタイム・有期雇用労働法では、従業員に対して待遇差の内容・理由、考慮した事情を説明する必要があるため、それらを文書化しておきます。
一方で、法律やガイドラインに適合しない不合理な待遇差があれば、改善に向けて検討が必要です。
対策の検討と実施
不合理といえる待遇差に対して対策を検討します。
基本給、賞与、手当、福利厚生など改善が必要なポイントを明らかにします。また、正社員と非正規雇用の従業員との差異を明確にするため、職務内容や責任、能力などを明確に評価できる制度を導入・見直し、公正な評価に基づいた賃金決定を行います。
運用と周知徹底
上記の対策を踏まえて、就業規則に同一労働同一賃金の内容を盛り込んだ規定を設けます。その上で、雇入れ時、従業員から求められた際に待遇の差異についてきちんと説明ができるように体制を整えます。
また、同一労働同一賃金の対策は単発的に行うのではなく、定期的に運用状況を見直し、必要に応じて改善を行うことが期待されます。従業員の意見などを定期的に収集し、不合理な待遇差が生じていないかをモニタリングします。
まとめ
以上、同一労働同一賃金の概要、義務内容、基本項目、取組状況、メリット・デメリット、ずるいと思われる理由、対応ステップについて解説してきました。
同一労働同一賃金は、今まで正社員と比べて悪かった非正規雇用の待遇を改善することが期待できる制度です。一方で、単純に正社員と待遇を同一にすれば良いというわけではなく、正社員と非正規雇用の業務内容、就業条件、労働環境、リスクなど様々な事情を考慮し、両者のバランスが取れた待遇の改善が必要となります。
今後、同一労働同一賃金に取り組まれる場合は、本記事も参考にしてみてください。
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